「旅人:シュウ」の旅blog(&セミリタイア資産運用)

旅の資金は、投資利益で捻出している旅人です。旅妻が大病を患ったことを契機に、世界旅へ(新型肺炎の為、延期)。資産運用月報も。

投資生活を振り返ると…・その2(2004年UFJ銀の消滅・プロ野球再編騒動等)

 

 ようやく、政府が重い腰を上げて緊急事態宣言をするようですね。

 検査を選別していても、この数字なのですし、感染者もごく身近な職業の人にまで及んでいるのですから、実際の感染者数は、報道されている数字よりもはるかに多く、実態はかなり酷いのでしょう。

 大都市部では、「多くの家の玄関先にまでウィルスが既に来ている」という状況と見るべきでしょうね。

 ただ、日本株については、この宣言をすることで、一旦悪材料出尽くし的な動きになると思います。

(今日はアメリカの感染者数に鈍化の兆候が見られ、世界同時株高の雰囲気が出てきたことも相乗して、引けにかけて大幅高でした)

 

 それでは、先日の記事↓↓↓の続きを書こうと思います。 

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 前回は、りそな銀行の実質国有化までを書きましたので、その続きです。

 

 りそな銀の抜本処理で、ようやくバブル崩壊以後続いた過剰債務と不良債権の発生にも終わりが見えてきました。

 最終的に多くの都市銀が合併し、プレイヤーの数が減少したことで、過剰競争が収まった上、不良債権処理もだいぶ進んだことで、収益力回復への期待から各銀行の株価は大きく上がっていきました。

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 ところが、バブルの不良債権の最終的な処理には、もう一つ大きなものが残っている事実が判明したのです。


 それは、UFJHDが隠していた巨額不良債権です。

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 UFJ銀行(UFJHD)は、ITバブル崩壊後の金融危機時に、他行同様大同団結が行われて誕生した銀行で、三和銀行東海銀行東洋信託銀行が合併したものです。
 三和銀行は、江戸時代の両替商「鴻池家」の銀行を母体に、戦前に他の地方銀行と合併してできたという経緯の銀行で、バブル期まで都市銀トップクラスの収益力を誇っていました。

 また、東海銀行は東海地方最大の都市銀で、トヨタ系を始め、中京圏の優良顧客が多いという銀行でした。

 比較的優良行同士の合併でしたので、当初、他の問題行に比べて泥沼の不良債権があるとは思われていませんでした。
 ところが実は、旧三和銀行の巨額融資先が、ダイエーニチメン日商岩井日本信販アプラス大京等、バブル崩壊後業績が低迷している上に、過剰債務を抱える問題企業だらけ(東海銀もダイエートーメン・フジタ等の問題企業の不良債権を抱えていた)で、不良債権が膨らむ一方だったのです。

 特にダイエーへの融資は、東海銀行もメインバンクの一つであったこともあり、合併したことにより、1兆円を超える貸出額で突出してしまい、経営不振の続くダイエーを丸抱えする状況に陥ったことも、危機に拍車を掛けました。
 また長年、派閥抗争が激しい行風の影響もあり、合併した東海銀系を冷遇したことで、優良顧客のトヨタ系の融資を他行に取られる等、合併後、東海地区での地盤沈下も著しくなったのです。

 そして、最大の問題は金融当局と激しく対立してしまったこと。

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 その結果、2003年10月に金融庁から特別検査を食らってしまい、これは極めて厳しい検査で、今まで正常や要注意で処理し、隠していた巨額の不良債権に厳しい評価がなされ、抜本処理を求められてしまったのです。

 そのため、不良債権処理で巨額赤字を計上せざるをえなくなり、自己資本が国際行基準の8%を割り込むことが確実となったことから、経営陣は責任を取って退陣しました。

 資本不足になることから、それを補う為、旧東洋信託銀が母体のUFJ信託銀を住友信託銀に3000億円で売却する契約を結びました。

 しかし、売却発表直後に、ダイエー双日ニチメン日商岩井が合併してできた商社)向けの不良債権処理額があまりにも大きく、売却の3000億円を算入しても自己資本8%を割り込むことが確実となって、再び株価は急落。

 経営危機に陥ります。

 

 ここで登場するのが東京三菱銀行三菱東京フィナンシャルグループ・MTFG)です。

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 東京三菱銀は、三菱銀行東京銀行というバブルの痛手が少ない超優良行同士が合併して出来た銀行でしたが、ITバブル崩壊後の都市銀合併の流れでは、三菱信託銀行と合併しただけに留まり、再編の流れの蚊帳の外でした。

 その結果、みずほ・三井住友という、二つのメガバンクが誕生したことで、業界首位から転落してしまい、危機感を抱いていました。

 そういう状況時に、UFJ不良債権で危機に陥ったことから、「最後の大物「UFJ銀」を吸収してトップを取り返そう」と、虎視眈々と狙っていたものだと思われます。

 元々、三和は関西、東海は中京地区が地盤なので、首都圏中心の東京三菱とは地盤が重なっておらず、統合すればかなりのメリットがありましたからね。

 UFJHDが、UFJ信託の売却という苦境に陥った状況を見て、「ここが最大最後のチャンス」と、水面下で全面的な経営統合と巨額の資本注入を申し入れ、UFJ側と合意に至ります。

 ただ、この合意に基づきUFJ側が一方的にUFJ信託の売却契約を破棄したことで、住友信託と裁判沙汰に。

 更に、住友信託との交渉がこじれた様子を見た三井住友フィナンシャルグループから、UFJHDに対し、MTFGより好条件の「対等合併」の申し入れがなされる等、「UFJ争奪戦」は、目まぐるしく事態が変化しました。

 そのため、MTFG側は、「三井住友にUFJを取られてはならぬ」と、一気に交渉を進めて、当初のUFJHDに対する資本注入をUFJ銀行に対する資本注入に改めた上、それも前倒しで実行し、更に万が一に備えて注入した優先株に議決権が発生するよう縛りを入れる等、三井住友にUFJを取られないような種々の工夫したことで、MTFGとUFJHDの合併への流れは決定的となったことで、三井住友側は諦めることとなり、最終的に2006年1月にUFJHDは吸収合併されました。

 よって、経営統合で設立されてから4年もしないという超短命のうちに、UFJは消滅したのです。

 これにより、現在に続くメガバンク3行体制が確立されることに。

 

 今では、考えられないことですが、この頃までの銀行株は、金融不安や経営統合話等で株価が激しく乱高下し、短期間で数倍や数分の1の株価になることが日常茶飯事でした。

 ですから、個人的にもかなりの頻度で銀行株を売買していた記憶があります。

 でも、具体的な取引内容は覚えていないことから、勝ったり負けたりの繰り返しで、あまり利益は取れなかったのだと思います。

 

 このように、日本においてはバブル崩壊後長く続いた金融危機やバブルの後処理が収束していく中、中国を始めとする、新興国の経済発展が目覚ましいものになっていました。

 そして、BRICSブームが起きたことで、日本の重厚長大企業にもその恩恵が訪れました。

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 もう終わった産業だと言われていた重厚長大産業の鉄鋼・海運といった企業が、BRICSを始めとする新興国の経済発展の恩恵で、軒並み空前の利益を上げる状況となり、株価も大きく上昇。
 
 海運3社(日本郵船商船三井川崎汽船)の株価は、BRICSブームが去った現在、再び低迷していますが、2007年に高値をつけた商船三井の株価は当時2000円(株式を10→1併合したため、現在の株価で20000円)を超えました。
 鉄鋼だと、新日鉄の株価、2007年の高値で960円台(株式を10→1併合したため、現在の株価だと9600円)を付ける等、いまでは信じられないほどの株価にまで上がったのです。

 個人的にもこの頃は、しょちゅう鉄鋼株や海運株を取引していました。

 

 ITバブル崩壊で、株価が暴落して退場したIT関連・ネット企業が続出しましたが、その中で成長し続けている企業の株価が、再び大きく上がって復活してきたことも特徴でした。

 ソフトバンク(SBG)は、ITバブル時の株価があまりにも高かったので、2020年現在でも2000年の高値を抜くことは出来ていませんが、楽天などは、ITバブル崩壊後も成長が続いたことで、2005年にITバブル時の高値を上回りました。

 

 そして、この時一番目立ったのが「ライブドア(オンザエッヂ)」です。

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 この写真は、現在も旅人が保有している、今は亡き「二代目ライブドア」の遺物を撮影したものです(笑)

 オンザエッヂとは、あの堀江貴文氏が創業したネット企業。

 倒産した(初代)ライブドアのネット部門や名称を譲り受け、企業名もオンザエッヂ→ライブドアに変更し、その後、業績拡大と株高をテコに多くの企業を買収して時価総額を増大させ、新興企業の旗手として、楽天と覇を競っていました。

ソフトバンクGは、バブル期前創業の企業ですから新興企業ではありませんし、規模も別格)

 

 この両社の覇を競う状況の典型例が、2004年のプロ野球再編問題発生の時ではないでしょうか?

 プロ野球近鉄球団が経営不振の為、オリックスと合併する事態になった時に、積極的に手を挙げたのが、楽天の三木谷氏とライブドアの堀江氏。

 堀江氏は当初、近鉄球団買収も提案したものの、結局近鉄側が拒否しました。

 オーナー連中からしたら、「外野からとやかく言われる筋合いは無い、もう決めたことだ」という理論だったのでしょうが、この理論は選手やファンを無視した経営者の傲慢さを露呈したものと言えました。

 そのため選手やファンの間でも、「せっかく慢性赤字球団を引き取ると言ってくれる人が出ているのに、それを黙殺するのは酷い」と、1球団減ることに対する不安と反発が大きかったことから、選手会によるプロ野球で初のストライキが発生する等、世論も喧々諤々の大論争となり、プロ野球界も大混乱に陥りましたが、5球団では、シーズンが回せないため、新設球団の参加が認められることになりました。

(この騒動自体は、パ・リーグをもう1球団減らして4球団に再編した後、セ・リーグと合併して1リーグ10球団とする構想だったと言われています。また、もっと再編して8球団にする構想もあったと言われています)

 

 そこで、最終的に決定した新球団創設に手を挙げたのは、楽天ライブドア

 ただ、この頃のライブドアは、堀江氏の言動で色々と世間を騒がせていましたから、プロ野球のオーナー達からみれば、眉を顰めるような言動が多い堀江氏よりも、日本興業銀行出身の三木谷氏の方が好ましく見えるのは当然のことでしたので、オーナー会議ではあっさりと三木谷氏の提案が選ばれ、東北楽天ゴールデンイーグルスが創設されることになりました。

 この年には他にも、経営不振のダイエー再建のために、ダイエーホークスが、球場やホテル、その他付属施設と共にソフトバンクに売却される等、本当にプロ野球界は大激動の年でした。

  

 そして、2006年1月に、衝撃的な出来事が起こりました。

 それは、堀江氏等の突然の逮捕とライブドアショックの発生です。

 

 その前年である、2005年の大きな出来事(ライブドアによるニッポン放送株買い占めや村上ファンドによる阪神電鉄株買い占め騒動)等と共に、この続きは次の記事で書くことにします。