「旅人:シュウ」の旅blog(&セミリタイア資産運用)

旅の資金は、投資利益で捻出している旅人です。旅妻が大病を患ったことを契機に、世界旅へ(新型肺炎の為、延期)。セミリタイア家計簿も。

北海道旅(函館)【hakodate・hokkaido prf】

 

 

 個人的には、国内旅行だと北海道旅行の回数が一番多く、10代のころから今までに、数十回訪れています。

 ですから、多くの写真があったのですが、写真を保管していたパソコンの突然の故障があり、その買い替えで、昔の写真の一部は消えてしまいましたが、残っている写真や新しく撮影した写真を使って記事を書いていきます。

 

 今年も7月に、北海道を訪れる予定です。

 まずは、北海道の玄関口として栄えた「函館」です。

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函館山の夜景

 これは函館旅で一番人気の、函館山からの夜景。

 夜の函館山の山頂には、外国人観光客が物凄くたくさんいますが、100万ドルの夜景と言われる美しい景色が眼前に広がります。

 日が沈む前に函館山に居ると、日没時には、

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函館山から見た北海道駒ケ岳と函館湾

 このような美しい夕景も見れます。

    函館湾沿いの夜景に、夕闇に照らされた北海道駒ケ岳のシルエットが映えて、なんとも言えない美しさです。

 この場所の眺望が、多くの観光客をひきつけるのも、頷けますね。

 

 そして、昼間の北海道駒ケ岳は

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大沼と北海道駒ケ岳

 大沼と共に、このような非常に雄大で美しい風景を見せてくれます。

    この風景が、大正時代に新日本三景に指定されたことが、よくわかります。

 北海道駒ケ岳は、渡島富士とも言われ、元々は標高1700メートルくらいの富士山型の美しい成層火山でしたが、1640年に爆発的な噴火をし、山頂部が崩壊してしまい、その土砂が川を堰き止めて、多くの湖沼を作り出すと共に、現在のような姿になった活火山です。

 その他に函館市内では、

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函館区公会堂

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函館市内の坂道(八幡坂?若しかしたら違う坂かもしれません)

 これらの元町一帯や、

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金森倉庫街

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函館市電函館駅

 函館駅近くの金森倉庫街や朝市、函館山等の場所は、函館市内観光の定番ですよね。

 ちなみに、坂の写真は、ネットで調べたところ、八幡坂で間違いありませんでした(笑)

 

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 函館朝市は、今では随分綺麗な感じの観光朝市になってしまい、人もだいぶ少なくなりました。

 しかし、旅人が初めて北海道に行った時の朝市は、まだ青函連絡船が走っていたころで、青函連絡船の乗り場と函館駅の間に朝市があることから、往来の人々が非常に多く、セピア色のくすんだ感じの朝市でしたが、非常に活気があったことを覚えています。

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青函連絡船

 初めて旅人が北海道に行った時は、まだ青函連絡船が活躍していた時です。

 異常出水が頻発するなど、トラブル続出で、30人以上の建設作業員が亡くなる等の難工事ながらも、20年以上かかって建設された青函トンネルが完成するのに伴い、青函連絡船が廃止になるというので、青函連絡船に乗るために北海道に行ったのが、人生初の北海道訪問でした。

 青函連絡船は、所要時間4時間半くらい、数千トン程度の大きさの船なので、結構揺れたのを覚えています。

 当時、東北新幹線は盛岡までしか開通しておらず、当時の旅行の定番「国鉄周遊券」では、追加料金無しで急行列車に乗れたので、上野と青森を結ぶ夜行急行「津軽」「八甲田」「十和田」等が、北海道貧乏旅には必須の列車でした😊

 函館に行くために、奥羽線周りの「津軽」と東北線の「八甲田」(十和田は常磐線経由で、当時でも既に臨時列車になっていました)に乗ったことがありますが、飛行機は非常に値段が高く、高速道路も完成していなかったので、夜行バスも少なかったため、夜行列車は庶民の足として結構混んでいました。

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昔は、北海道の玄関口だった函館駅

 青函連絡船時代の函館駅は、まだくすんだクリーム色の、鉄筋コンクリート製の古めかしい駅舎であり、この近代的な駅舎では無かったのですが、青函トンネルが出来ても長い間、陸路からは、この駅が北海道の玄関口でした。

 しかし、飛行機が安くなり、庶民でも当たり前に乗れるような時代になったことで、函館駅の玄関口としての役目は、ほぼ終わってしまいました。

 そして、今では新幹線も出来たことで、完全に、イチ地方の駅になってしまったことは、ちょっと残念ですね。

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北海道の現在の玄関口「新函館北斗駅

 今年の夏、初めて新函館北斗駅に行きましたが、結構人が居ました。

 ただ、立派な駅舎建物内の活気は、あまり無かったですね。

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 この駅も、新幹線が札幌まで延伸されると、一通過駅になってしまうのでしょうが、しばらくの間は、陸路からの北海道の玄関口として、一定の活気は維持できるでしょう。

 ただ、旧渡島大野駅という、何もないところに、この新幹線の駅を作ったので、駅前がこれ以上発展することは無いのかなあと思います。

 

 昨年(2019年)函館を訪問した時の函館駅周辺は、建設ラッシュでした。

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 こちらは、大和ハウスグループ函館駅前に建設中だった複合施設(HAKOVIVA・ハコビバ)です。

 昨年の12月にオープンしています。(函館駅駅舎隣の、写真の高層建物は、ホテル「ラジェンド・ステイ」)

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 こちらも、函館駅舎の隣に建設中のホテル(JRイン)です。

 今年(2020年)の春に開業しています。

 

 その隣の地区にも東急系ホテルの建設も進んでいました。(下の写真のクレーンだけ写っている場所)

 2019年の春には、下の写真で左に写っている白色のホテル

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 「センチュリーマリーナ函館」もオープンしていますし、昨年閉店した函館駅前のデパート「椿ニ森屋」の跡地も、ホテルになる可能性が高いようです。

 

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  最後は、日本最古のコンクリート電柱の写真で締めようと思います。

 それでは、今回の記事はここまでで。

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