「旅人:シュウ」の旅blog(&セミリタイア後の投資生活)

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2023年大分の旅(府内城・豊後竹田・岡城)

大分市は、かつて豊後府内と呼ばれた場所です。

豊後国の府内ということですね。

ですから、そこにあった城は府内城と呼ばれていました。

府内城の内堀と内壁は残っています。

かなりの規模の城だったことがわかる大きさです。

ただ残念ながら、保存状態は良くありません。

折角、ある程度残っている城趾なのですから、キチンと城址公園として整備すれば良いと思うのですが、内堀の敷地内の大半は、駐車場となっています。

 

滝廉太郎の「荒城の月」で知られる、豊後竹田にも行ってみました。

滝廉太郎だけでは無く、画家の田能村竹田もこの地の出身です。

豊後竹田は城下町で、道が狭いです。

車に気をつけながら、昔ながらの街並みの風情を味わいつつ、岡城跡へと向かいます。

トンネルを抜けると、

岡城城址の入口に到着。

ここで300円を支払って、城趾へ進みます。

道を奥に進むと、

登城への階段。

荒城の月は、この城趾からイメージされて作曲されたと言われていますね。

城趾は、石垣しか残っていませんが、山の上にも関わらず、広大な城地が拡がっています。

難攻不落の城として知られた豊後・岡城。

戦国時代、島津氏の九州統一に激しく抵抗したこの城は、結局陥落しませんでした。

大友氏の一族である志賀氏が長年治めていましたが、大友義統(吉統)が朝鮮の役で秀吉の不興を買って領地召し上げとなって以後、中川氏が治めることとなり、幕末まで使われ続けた城です。

江戸時代も、この山城を使っていたことで、毎日登城する武士は大変だったことでしょうね。

城址を訪問したのは最終日だったので、時間が無く、滝廉太郎の記念館は訪問出来ず......

 

帰りの飛行機は、

国際線機材のB737-800。

国内線でこの機体に搭乗したのは、初めてでした。

大分空港を利用したのは、多分29年ぶりですが、♨温泉県ですから、そのうちまた利用するかなと思いながら、帰京しました✈